気仙沼の津波災害から立ち上る私のいとこ


2012年6月25日

平成24年3月18日の三陸新聞にこんな記事が載った

復興へ一歩 いらっしゃいませ

気仙沼市本吉町国道45号沿い、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた一角にプレハブのラーメン店がある。
「がんばろう家」ののれんをを掲げ、大塚由紀さんと真理子さんが夫婦で切り盛りする。
震災前は道の駅「大谷海岸」の敷地内で「やじろべえ」として営業。地元産の海藻盛りだくさんの「わかめラーメン」が看板メニューだった。
大津波で義娘が犠牲になった。
「正直、店の事は頭になかった」と真理子さんは振り返る。
ある日、真理子さんは「おばちゃん、無事でよかった」と声を掛けられた。
震災前に「やじろべえ」に立ち寄った人だった。
「みんなが私たちを心配してくれている。もう一度、店を開けば無事が知らせられる。」そう思い、店の再開を決心した。
みんなが前向きになれるように!と店の名を「がんばろう家」に改めた。
店のテーブルやいすなどは、ボランティアの人たちや友人が手作りしてくれた。
地場産の海藻が手に入らないため、看板メニューは野菜山盛りのタンメンに変わった。
栄養満点でボリュームがあり、復旧工事の作業員やボランティアの人たちに大人気。
風評被害に苦しむ農家を応援しようーと福島県産の農産加工品などを販売し、近所の人たちが買い求めている。
夏には屋外にベンチやパラソルを並べる計画。
「誰もが集う憩いの場にしていきたいですね」大塚さん夫婦の夢は膨らむ。

先日、私は彼女の店に行ってきた。
10人も入ればいっぱいの小さい店だったが、お客は次々に来る。
壁には、「がんばろう家応援団の掲示板」
応援者が、応援メッセージを勝手に書いていくという。
中には、つくばからの応援メッセージも。
店は、ほのぼのとした温かい雰囲気が漂っていた。
いとこの真理子も少しづつ元気を取り戻していくようであった

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